隣り合わせの羽生と狂気(名人戦 第3局)

親父に書類を届けに来た近所の人が、おかんの真新しい車に目を留めて、
「えらいキレイにしてるじゃん」
と声をかける。
私には言えない。
先週末、家族で焼肉屋に行った帰り。
おかんが派手に門柱にぶつけたのを修理したんでキレイになってるなんて
私には言えない(爆)

すでに第5局まで終了している名人戦七番勝負。
第3・4局をまだ書いていないのに七番勝負が終わってしまったらどうしようと
第5局で必死に森内名人を応援していたのはここだけの話(爆)
そっちは後で軽く触れることにして、今回は第3局を中心にやります。
最新の将棋世界7月号の記事を参考にしてますのでそのへんよろしこ。

1勝1敗で迎えた第3局で、先手の森内名人が選んだ戦法は相掛かり。
近年▲3六銀と歩越し銀に構えるのが流行しているが、あまりこの戦法を使わない
森内名人が序盤のなにげない局面から一工夫。

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ぱっと見初心者同士の対決、と言っても通りそうだが(待て)、ここで▲3六銀を保留して▲7六歩と角筋を通すのが名人の工夫。
たて「筋には筋で対抗~」と△3三角としたら、▲6六歩から矢倉を目指す。
▲3六銀を保留して▲2六銀~▲1五歩の端攻めを見せることで、後手が矢倉に囲いにくいだろうというのが森内名人の主張。

b0017164_20392334.jpgならば、と羽生二冠は△7四歩~△7三桂から横歩取り風味の攻撃的な布陣にシフト。
これに対して、森内名人が「やってこい」と▲4五銀と指した手が1日目のハイライト。
△7五歩からの攻めが見えているのに、銀が離れ駒になるので剛直極まりない一手なのだが。

b0017164_20415353.jpgこれに対して羽生二冠が△7五歩▲同歩になんと△3五歩として決戦を回避。
△3五歩では△7四歩~△7三桂からの流れで△9五歩▲同歩△6五桂と決戦策を取るのが当然で、それでむしろ有望な分かれだったのだが、そこからの変化が恐ろしく難解で、なおかつ森内名人の土俵である一直線の斬り合いになるのを嫌ったよう。

とはいえ、一旦△7四歩~△7三桂とやった以上は、とにかく先攻しないと後々駒組み
合戦で負けることは明らか。そもそも、曲線的な手が得意で膠着した局面に持ち込むと
真価を発揮する羽生二冠が、△7四歩~△7三桂のような一直線の斬り合いを志向する
のは、ちと解せない。
逆に言うと、相手の芸風に合わない手を指させた上に、▲4五銀と「無理を通せば道理が引っ込む」手を通した森内名人が上手く立ち回った、と言える。
以下、羽生二冠が必死に抵抗するもののさらにミスを重ねる一方、森内名人の手はます
ます冴えを見せる。

b0017164_20424784.jpg2日目の午後7時過ぎには、▲7四歩までで粘る羽生二冠の反撃を完封。
控え室の検討は打ち切られ、関係者は羽生二冠が投了したときの準備を始めていた。

ところが、ここに一人だけ、羽生二冠の勝ちを信じて疑わない者がいた。
羽生二冠その人である。
局面では大差がつけられていたが、こうなる以前から既に羽生二冠は攻撃の対象をシフトしていた。
攻撃目標は、森内名人の精神力。

不利な将棋を逆転するにはどうするか。
相手に悪手を指してもらうしかない。
ならばどうやって?
20年来羽生を見てきた私の独断と偏見によると、羽生二冠は2つの答えを持っている。
1つ目は、相手の芸風(業界用語だと棋風と言う)に合ってはいるが、実は不利な局面に持ち込むこと。そしてもう1つ目が、相手に有利だが、相手の芸風に合わない局面に持ち込むこと。
▲7四歩の局面は、まさに後者の局面であった。
駒の働きこそ大差だが、まだ羽生玉は一応手つかず。
一方の森内玉は、敵陣への入玉が果たせれば完璧だが、それさえ防げばさほど堅くない。
そして、これが一番重要なのだが、羽生玉を一気に攻める手はとりあえず存在せず、森内名人が勝つには、自玉の安全も気にしながら、じわじわ優位を拡大していく勝ち方が求められる。
そこへ、自玉に手をかけながら巧みに森内玉へ嫌みをつける羽生二冠。
持ち時間の切迫もあり、じわじわと精神力を削られていく森内名人。

局面に大差がついてから、羽生二冠の方針は一貫していた。
ゆっくりした展開に持ち込み、森内名人に(盤面だけだが)嫌がらせをかけ、森内名人の精神力を奪ってパニックを誘い、悪手を指させる。
TRPGの『クトゥルフの呼び声』風に言うならば、がんがんアイデアロールを振らせてSANを減らし、一時的狂気や真の狂気を狙う、というものである(何だそのたとえ)。
今回に限らず、羽生が窮地に陥ったときはいつも、こうやって乗り越えてきたのだ。

とはいえ、このやり方は決して無敵ではない。
クトゥルフ神話の住人ならいざ知らず、羽生も人間なので、自分自身もアイデアロールを振ってSANを減らしていく。
もちろん羽生の精神力は現在でも将棋界ではズバ抜けてはいるが、20代のころとは違う。現に今回の名人戦第1局では、中盤の入り口で真の狂気を喰らい、無謀な飛車切りで自滅している。羽生もそのことを自覚してか、以前のようにはこの手を多用せず、あっさり土俵を割ることも多くなった。
最近の羽生がこんなことを言っていた。
10割勝とうとしたら7割しか勝てない。8割勝つために2割を捨てる。

ただし、ここぞというところでは、ためらわず使う。
今がその時だ。

b0017164_20434214.jpg▲8四成桂が一時的発狂から生まれた一手。
△8六銀からバラして△4二角と王手の角を打ち、▲7五歩と飛車道に蓋をさせる。
無限と思われた大差が、ぐんぐん縮まっていく。
そして。

b0017164_20441699.jpg▲9八銀、と飛車を取りに行ったところで、控え室から悲鳴が上がる。
羽生二冠が、ゆったりと桂馬を跳ねる。

b0017164_20445945.jpg△8六桂。
王手をかけつつ、今打った▲9八銀を取りにいく一手。
歴史的な逆転劇が、クライマックスを迎えた。

対局直後の報道では、50年に一度とか、100年に一度なんて言ってましたが、私に
言わせれば昔なんてこんな逆転劇はしょっちゅうあったし、そもそも羽生はこうやって
七冠や永世五冠を獲ってきたんで、もうちょっとライターや新聞記者には頑張って欲しい気がするのですが、まあそんなことはさておき。
久々に羽生二冠の本性が出た一局でした。
「オレは、どーしても、永世名人に、なりたーい!」
という魂の叫びを感じました。
その一方で、森内名人の序中盤にかけての指し回しも見事。
第4・5局も将棋の内容では羽生二冠を凌いでおり、他棋戦でたまったうっぷんを名人戦
に炸裂させていると言えます。
第6局の後手番をどう凌ぐか。
再び森内名人に注目したいと思います。

えーと、当てにならない予告ですが。
第4局はちゃんとやるつもりです。七番勝負終わった後になるかもしれませんが(苦笑)
第5局は…図面1つだけ上げてさらっと流そうかと。理由はそのときに(えー)
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Commented by bleem! at 2008-06-12 22:41 x
「朝日、毎日共催という形にしたおかげでいつもより名人戦が盛り上がってるんですよ!」と観戦記のところどころにさりげな~くでもしっかりとちりばめる記者さんの力量にいつもうっとりしています。そんな毎局毎局言わんでも・・・いや、記者さんにも生活がありますからね・・・。
Commented by bleem! at 2008-06-12 22:50 x
あ、そうだ、今回のサブタイトルの元ネタわかりますよ。文庫本持ってますしと一応書いておこうかな?

近代将棋休刊のネタに触れられるのかと思ってましたよ。
Commented by mitsuboshi03 at 2008-06-21 22:16
コメントどもです~♪
>そんな毎局毎局言わんでも
まあ、将棋ファンにとってはぶっちゃけどうでも(以下略)
要はどれだけ盛り上げるかですからね。
>文庫本持ってますし
私はハードカバーでした。当時金なかったはずなのに(笑)
>近代将棋休刊のネタに触れられるのかと思ってましたよ。
…おもいっきりスルーしてましたね。
このコメント見て久々にHPを見に行ったという(爆)
これで月刊誌は将棋世界だけになりました。
まあ、ネットがこれだけ普及しましたし、やむを得ないことかと。
実は近将は最後まで1冊も買いませんでしたとさ(うあー)
by mitsuboshi03 | 2008-06-08 20:45 | 将棋 | Comments(3)

スポーツ、将棋、ミリタリー、オタクネタ、地元長野ネタなど節操なしに書きまくります


by mitsuboshi03