羽生善治、前人未到の永世七冠達成!

久々に母校が箱根駅伝にシード校として登場するんで、ついうっかり観戦ガイドまで購入。
しっかし、やっとこさシード校までなったのに、案の定表紙からハブられる我が母校ェ…。
まあ、達成すれば12年ぶりとなる連続シード入りを目指して、頑張って欲しいものです。

さて今回も将棋ネタ。
とんでもない大ネタが空から降ってきましたので、既報ではありますがそのネタを中心に、いつもながらざっくりと記事にしてみます。

そもそも永世七冠って、どのくらい凄いのか。

まず棋士になるために、奨励会に入らないといけない。
その試験がまず相当厳しくて、地元では負け知らずなアマ四~五段の小中学生が受験して、8割くらいが涙を飲むというありさま。
現役奨励会員相手に、五分以上の勝ち星を上げないといけない実技試験がとにかく鬼門。

んで、その選りすぐられた精鋭たちがふるい落とされるのが奨励会。
おおむね8~9割の奨励会員が、棋士になれないまま去っていくと聞きます。
ある年に奨励会に入った奨励会員が、全員棋士になれない、なんてこともありえない話しではないという、とてつもなく厳しい世界です。

やっとのことで棋士になれましたが、その中でタイトルを獲得できる棋士はほんの一握り。
1度でもタイトルに挑戦できれば超一流クラスで、実際にタイトルを獲得できた棋士は、歴史上でもたったの29人だけ(ウィキペディア調べ)
そのうち半分くらいが引退済みですので、現役棋士がだいたい150人居る中で、タイトル保持経験者はおおよそ1割、ということになります。

ここまでいって、遂に永世称号の話に入れます。

永世称号というのは、1つのタイトルをたくさん獲った棋士に与えられる称号。
たくさんってどのくらいや、というと、タイトル戦によって異なりますが、だいたい通算5期から10期、ひどいのになると棋王戦の連続5期、は取らないといけません。
世代を代表する棋士にとってもこれは限りなく無理ゲーに近く、1つでも永世称号を持っているのは、歴代でもたったの10名。
あの升田先生やひふみんほどの偉大な棋士でも、1つも永世称号を持っていない、ということでその難易度はお察し下さい。

ここまで踏まえた上で、永世七冠ってどうなのよと。

そんなバケモノなんて、この世に居るわけないじゃないですかハハハ。

と、去年までなら言えたのですが、できちゃったものは仕方がない。
羽生善治、あんたがナンバーワンだ。

それにしても、羽生二冠の今期は、最後に残っていた永世竜王を是が非でも取りたい、という強烈な意志をひしひしと感じました。
虎の子の王座と王位を失ってでも、とにかく渡辺永世竜王を破って永世七冠を取る、ということに賭けていたのかな、という一年だったと思います。

とはいえ、願うだけでタイトル獲れたら誰も苦労はしませんよ。
脱帽。
よくやった。感動した。

羽生永世七冠の強さについては以前私も記事にしていますが、とにかく24時間、365日将棋三昧、という生活を40年近くも続けてきている、ということと、新しいことを貪欲に取り入れる意欲が凄いな、と思っています。
また奥様のtwitterで書かれていた、

彼はどんなに遅く帰ってきても、二階の自室に篭って数時間研究してから眠りにつく。
時折、人間が発しているとは思えない、うめき声やため息が聞こえてくる。

といったような一文が大変印象に残っております。

10代や20代の頃に、羽生永世七冠並みの努力を重ねてきた棋士は山ほど居るだろう。
というか、そこまでやっても棋士にすらなれない者が大半だ。
しかし、40代後半になっても強くなろうという意志を貫く棋士が、羽生永世七冠以外にどれほど居るだろうか。

最後に。
当blogでは、割りと羽生永世七冠に厳し目なコメントをしていることが気になる、という方もいるかもしれませんので、私の羽生永世七冠に対するスタンスをここで書いておきますね。

かつて、私は虎だった。
虎であった私にとって、羽生善治や、森内俊之や、先崎学(小学生時代は最も高く才能を評価されていた)といった面々は、現実的な目標であり、倒すべき怨敵であって、決して憧れや夢などではなく、ましてや神などではなかった。
力量の差は明らかだったが、当時の私は、そういう気概だけは持っていたように思う。

今では借りてきた猫のような私だが、そういう時代があったことを、今でも懐かしく思っている。

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by mitsuboshi03 | 2017-12-10 16:33 | 将棋 | Comments(0)

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